
顔とは何か。
能面は、ひとつの表情を固定したものではありません。
光、角度、身体の動き、そして見る人との関係によって、同じ顔が異なる表情として立ち現れます。
私は、能面師として顔をつくることから、「顔とは何か」を考えてきました。
人は、顔のどこに感情を見ているのか。
何をもって、その人らしさを感じるのか。
顔は、その人自身なのか。
伝統的な能面制作を起点に、現代美術、顔研究、テクノロジーを横断しながら、「顔」という存在を探っています。


ミュートラル
mutral /mjuːtrəl/
mute(抑える、控える)と neutral(中間・中立)を掛け合わせた造語。
感情や意見を持ちながらも、それを過度に表出せず、どちらかに傾く前の位置に静かにとどまる態度、または状態。
沈黙でも無関心でもない。
語ること、語らないことの両方を主体的に選び取る、抑制された中立性を指します。
能面は、無表情ではありません。
その表情は「中間表情」と呼ばれ、次の瞬間に喜びにも、悲しみにも、怒りにもなりうる、一歩手前の状態にとどめられています。
自らを強く打ち出すことも、感情を煽ることもしない。
表情をミュートし、意味をひとつに決めきらないことで、見る人がそこに意味や感情を読み取る余地を残しています。
能面は、「ミュートラルな顔」であり、関係をひらく装置となります。
μ|ミュー
2026年制作 木(檜)、3Dデータ
伝統的な「写し」の技法で制作した能面を3Dスキャンによってデータに写し、そのデータをもとに3倍の大きさへ拡大し、木から切削した作品。
能面の「写し」では、形だけでなく寸法も写すべき対象となります。
《μ》では、その尺度をあえて3倍に拡大することで、「写し」から意図的に逸脱しています。
一方、3Dスキャンや切削の各工程には、人や機械が介在し、その都度、欠損や加工痕などの痕跡が生じます。
それらの痕跡を、写しの過程で生じたものとして、そのまま受けとめる。
意図的に逸脱すること。
生じた痕跡を受けとめること。
《μ》は、その両方を含みながら、「写し」をひらいていく作品です。
