写すアート|U・TSU・SU
▶ CLICK
「写す」とは――
能面制作には、「写す」という伝統的な手法があります。
それは、代々伝わる能面の型を継承し、写し取るように同じにつくること。
しかし、「写す」とは、単なる再現ではありません。
色や形だけでなく、傷や汚れ、経年による変質──
つまり、その面が歩んできた歴史ごと、写すのです。
時間の流れの中で面が纏ってきた“気配”もまた、写し取る対象となります。
それは、能の精神性や美意識までも写し、受け継ぐ行為といえるでしょう。
私の写すアートは、この“写し”の文化をもとに、四つの「うつし」を重ねる試みである。
1.古面を写して、新たな面をつくる。(物質としての写し)
2.その面を写真に写し、三次元から二次元へとうつす。(視覚の写し/位相のうつし)
3.写真を見たとき、観る者の脳にイメージがうつり、心に何かがうつり込む。(感応の写し)
4.それは実のところ、能面に投影されていたあなた自身の心なのかもしれない。(逆写し)
能面は、写すことで鏡となり、静かに心を映し返す。
このアートは、そんな“うつし”の連鎖の中で生まれています。
作品タイトル: on a table
2023年 木材・顔彩・写真
これは、机の上に置かれた木彫りの能面、つまり「モノ」の写真である。
しかし、人はそこに「顔」を見、命を感じてしまう。
この作品は、その“感じてしまう力”そのものを写している。
on a table #1
on a table #2
on a table #3
on a table #4
「これはただの木の塊か? それとも人の顔か?」
能面を机の上に“置く”という行為は、
舞台や祭祀から引きはがし、まるで“標本”のように見せる行為である。
だが、その“標本”からなお、「顔」が立ち上がる。
人間の脳と心は、顔を認識する力によって、
たとえモノであっても、“命”を見出してしまう。
「on a table」は、「存在」と「非存在」の狭間を問う。
木でできた面を見て、命を感じるとしたら、
命とは、存在とは、どこに宿るのか?



表情変化――
無表情の比喩に用いられる能面ですが、実際の能面は繊細にその表情を変化させます。
とくに女面には、その表情のゆらぎが顕著だといわれています。
次の瞬間に何らかの表情をする、その一歩手前、表情になる前の表情――
そんな表情をしているが故に、揺らぐように表情が浮かび上がるのです。
それは、数百年前の能面師が紡ぎ出した匠の技であり、その面を写すことで、人を惹きつけてやまぬ魅力が、今も連綿と受け継がれています。
作品タイトル: うつろい―U・TSU・RO・I―
2022年 木材・顔彩・写真
utsuroi #1
utsuroi #2
utsuroi #3
これは、一つの能面が見せる表情の変化を写した作品である。
面をわずかずつ動かしながら撮影した三枚の写真を重ね、
表情がうつりゆく、その瞬間をとらえた。
表情が変化するということは、そこに動きがあり、時間が流れているということ。
写されたのは、うつろう時間であり、
その移ろいが、観る者の心に何をうつすのかを問いかける。
能面は、何も語らず、ただ静かに、うつし返す。
この作品は、「うつす」「うつる」「うつりゆく」――
その連なりをかたちにした、写すアートである。