【漫画家日野日出志デビュー55周年記念、日野プロダクションコラボ作品】




蔵六面
2022年 木材・顔料
漫画家日野日出志デビュー55周年記念、日野プロダクションコラボ作品。
『蔵六の奇病』(少年画報社)の主人公・蔵六の創作面。
監修:日野日出志
本作《蔵六面》は、漫画家・日野日出志のデビュー55周年記念コラボレーション企画として制作された、日野氏のデビュー作『蔵六の奇病』の主人公「蔵六」の創作面である。 原作に登場する蔵六は、かつて村に暮らす純朴な青年だった。不器用で、村人たちから軽んじられることもあったが、誰よりもやさしく、絵を描くことのみに心を注いでいた。 「絵を描けるなら他には何もいらない。絵を描くためだけに生きる蔵六は、自分自身だ」と、日野氏は語っている。 しかし、ある日七色の“おでき”が身体に現れ、彼の姿は異形へと変容していく。 蔵六の“異形”とは、自分たちと異なる者への差別と排除のまなざしを可視化したものである。 その姿が変容し、異質さの度合いが強まるほどに、周囲の怖れは増し、やがて彼は共同体から遠ざけられていく。 それでも彼は変わらず、絵を描くことのみに、自身の心と身体を費やし続けた。 「社会に忌避される異形」は、蔵六にとって「描きたかった絵を描ける恵み」であり、同時に「絵を描くための素材」に過ぎない。 変容する外面によって周囲は変わっていったが、蔵六の関心は終始、他者ではなく、自らの内にある“描きたい世界”だけに向けられていた。 私は、日野氏が作り上げたこの蔵六というキャラクターの中に、「変容する身体」と「変わらない心」が共存する深層を感じ取った。 《蔵六面》は、異形の姿となった蔵六を、二次元から三次元へと立ち上げる試みである。 そして異形の中に、かつて心優しい青年だった“人間・蔵六”と、物語のラストで異形を超え、象徴的な存在へと変容した“七色の亀”を、同時に内在させた。 私は、面の眼差しに蔵六のやさしさと強さ、静かな哀しみを宿らせ、盛り上がった瘤のいくつかは、硬化することで甲羅へと変わりゆく兆しを、造形の中に刻んだ。 能面というメディアを通じ、その変容の軌跡を一つの“顔”として写し取った。 この面には、変わりゆく姿の奥に残された“心”の痕跡と、時代を越えてなお息づく、ひとつの魂のかたちが刻まれている。
展示歴
2022年 中村光江と四人の弟子展(田中八重洲画廊・東京)
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撮影:中野達也 | Photography: Tatsuya Nakano

■日野日出志 漫画家。大阪芸術大学芸術学部キャラクター造形学科教授。 1946年生まれ。雑誌「ガロ」「少年画報」「少年サンデー」などを中心に、『蔵六の奇病』『地獄変』など数多くの怪奇や叙情的作品を表現し、ホラー漫画界の重鎮として人気を確立。国内にとどまらず、海外でも人気を博し翻訳作品が多数ある。近年では、叙情怪奇作家として絵本を創作するなど精力的に活動。